スタインウェイアーティストの称号を持つ孤高のピアニスト田尻洋一さんの魅力と演奏会の情報をお届けします。このサイトは田尻洋一ピアノ演奏会実行委員会が作成しています。
田尻洋一ピアノ演奏会実行委員会は 東京を拠点に田尻洋一さんを応援している仲間がメンバーとなり発足いたしました。情報発信が目的で、会員募集を行うファンクラブではありません。オリジナル画像は、田尻洋一さんの許可のもと公開しているものです。田尻洋一さんの今後のスケジュール等につきましては、田尻洋一|Yoichi Tajiri ホームページをご覧ください。
田尻洋一|Yoichi Tajiri ホームページ
コンサートピアニスト。
ピアノリサイタルを主に全国各地で活動、その数は1300回を超える。これまでにベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトのピアノソナタ全曲、ショパン、シューマン、ブラームスのピアノ作品全曲演奏という世界でも類を見ない偉業を達成。また管弦楽曲などのオリジナルピアノソロ編曲版を次々と発表し、新たなコンサートスタイルも確立している。
人気シリーズのコンサートも数多く、特に伊丹トーク&ピアノコンサートシリーズは88回(2021年2月最終回)、明石リサイタルシリーズは170回(途中会場が移転した後も含む)を超えて継続中。(※2025年12月現在)
膨大なレパートリーに裏付けられた音楽に対する深い造詣・教養力に加え、自ら開発した独特な透き通る柔らかな美しい音と自然な息遣い…それらオンリーワンの特徴が心底から感動を沸き立たせる演奏を実現。 「心から心へ」をモットーとした一期一会の「生演奏」にこだわり続け、真に芸術性の高い人間味ある真摯な演奏活躍を続けている。
1996年より開始された作曲家別の集中全曲演奏という独特なスタイルでのコンサートでは、ベートーヴェンの32ピアノソナタ全曲を6度(1996、2004、2009、2016、2020、2023年)、シューマンピアノ作品全曲を2度(1997、2012年)、モーツァルト18ピアノソナタ全曲を4度(1997、2010、2022、2024年)、ブラームスピアノ作品全曲を2度(1998、2013年)、シューベルト13ピアノソナタ全曲を2度(1999、2014年)開催済み。 またショパン24前奏曲+24練習曲コンサート(1996、2006年)、ショパンピアノ独奏曲全曲を2度(2022、2024年)、リスト12超絶技巧練習曲全曲コンサート(2006年)なども開催。
2000年よりコンサートに取り入れ始めた管弦楽曲のオリジナルピアノソロ編曲版では、「プラハ」「第九」「運命」「田園」「英雄」「未完成」「新世界」「悲愴」交響曲を始め、ピアノ協奏曲、オペラ序曲、アリア、室内楽曲、歌曲作品に至るまで数多くの作品を手掛け、2012年にはベートーヴェンの9交響曲全曲、2019年にはブラームスの4交響曲全曲演奏を完遂。
その他にも自作曲のみの自演コンサート(2005年)、室内楽分野で田尻洋一室内楽コンサートシリーズを34回開催(2003~2007年)。また協奏曲客演もモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ラフマニノフなど数多く、音楽専門誌執筆では「レッスンの友」「ショパン」「ムジカノーヴァ」誌などに多数寄稿。
2010年はアメリカ、2011年からは毎年2回のペースで欧州リサイタル公演に招聘されており、国外での活動の場を広げている。2014年は日本スイス国交樹立150年記念リサイタルに2度招かれる。
国際ピアノコンクール審査員(1999年スペイン・ハエン、2016年ルーマニア・ブカレスト)歴任。
スタインウェイハンブルク本社よりスタインウェイアーティストの称号を授与されている。
1962年神戸生まれ。8歳よりピアノを、10歳より作曲を始める。桐朋学園大学卒業後、渡欧して天才イディル・ビレット女史の唯一の弟子として研鑽を積む。他に故松浦豊明氏、故モーラ・リンパニー女史、ジャン・フォンダ・フルニエ氏に師事。 学生時代はバレーボールに明け暮れ、現在の趣味は囲碁将棋。
星の数ほどいる自称ピアニスト。その広い夜空のなかから自分の求める輝きを放つ星を見つけることはとても難しい。強烈に明るく輝く光もあれば、銀河のなかの一粒の青白いほのかな光もある。生まれては消えていく無数の星たち。そんな無限の世界のなかで、輝き続ける確かな星。その光は決して目立たないが、いつも優しく暗闇を包み込む。見上げれば、いつも同じ場所から、同じ色で、同じ明るさで、同じ輝きの光を放っている。強く主張することなく、揺らぐこともない一筋の光。ただそこに在る。田尻洋一というピアニストは そんな星なのだ。これまでも、そしてこれからも。
田尻洋一という星をみつけたら、それはとても幸せなことである。そこから新しい人生の物語がはじまるのだから。
www.steinway.com/artists/yoichi-tajiri
「スタインウェイは、私のすべての感情を表現できる楽器です。喜び、幸福、悲しみ、怒りだけでなく、感情の欠如も含めて。その澄んだ音は、光と闇の創造、時間の経過、三次元空間を通じて観客の心に強く印象づけられます。スタインウェイは言葉では表現しにくい漠然とした感情を表現し、その溶ける音色は背景にかすかな霞を生み出し、まるでスタインウェイ自体に感情があるかのようです。」
2000年5月23日 田尻洋一
パデレフスキ、ラフマニノフ、ホフマン、ホロビッツ、ルービンシュタイン、ポリーニ、ブレンデル、アルゲリッチ、ランラン...すべての名を挙げることはできないが、ピアノ演奏史に名を刻むピアニストのほとんどはスタインウェイピアノアーティストである。スタインウェイアーティストとはスタインウェイピアノを愛用し、世界各地のコンサートステー ジでもスタインウェイを自ら選んで演奏する偉大なピアニストのことである。
田尻洋一は スタインウェイハンブルク本社より スタインウェイアーティストの称号を授与されている。
田尻洋一はなぜ「孤高のピアニスト」と呼ばれるのか。
どんな芸術の世界にも家元制度や門下の集まりは存在する。どんな会社や団体にもルールや価値観の縛りがある。そこには抗えない圧力があり、利潤追求のビジネスがある。それはとても狭い世界だ。時には芸術よりもお金の方に高い優先順位を与える。クラシック音楽の世界も例外ではない。
田尻洋一は組織に属していない。組織に属していないということは、権威に取り込まれないということ。権威に取り込まれないということは、しがらみがないということ。自由であるということ。自分自身の意志を邪魔されないということ。
田尻洋一には信念がある。クラシック音楽が人間に与える感動は何百年たっても変わらない。その魅力は決してこの先も色あせることはない。しかし新しい娯楽が次々と生まれ個人の好みが多様化している現代において、クラシック音楽の認知度は高くはない。多種多様な音楽のジャンルのなかでクラシック音楽が将来シェアを伸ばすのは難しいということも分かっている。だからこそ、クラシック音楽の生演奏にこだわり続ける。生の音が鼓膜を通して心の奥底に響いていく感覚は、録音では到底かなわない。その音づくり、生の音に触れられるコンサートに今後もこだわり続ける。クラシック音楽の真の芸術性を軽視する商業主義には距離を置く。自分自身の理想のピアニズムに一切の妥協を許さない。そしてその為の努力を惜しまない。アウトサイダーとして生きていく覚悟がある。それが本物のプロフェッショナル。それが「ピアニストが恐れるピアニスト」田尻洋一だ。
田尻洋一は群れない。ピアニストは皆ライバルだから、そう言い切る。たとえそれが師弟関係にあったとしても。
新約聖書のマタイによる福音書第1章の有名な冒頭。イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちをもうけ~こうして延々と誰が誰の父か、という名前の列挙。「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」 「これがアブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図 」なのだそうだ。
日本で有名な外国人ピアニストのひとり スタニスラフ・ブーニン 。彼の祖父はゲンリフ・ネイガウスという有名なピアニストで、ロシアピアニズムの4大流派ネイガウス派の開祖である。その息子スタニスラフ・ネイガウス、つまりブーニンの父も有名なピアニスト。DNAも環境もピアニストの為にあった。
さて、それでは田尻洋一の系図は?
両親は音楽家ではない。8歳の時、自宅にあった箱型のステレオから流れてくるベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」を聴いて「これが弾きたい!」と近所のピアノ教室に通い始めた。ショパンのエチュード「木枯らし」にも憧れの気持ちを持った。そのわずか3年後には、関西テレビ放送主催ピアノコンテストにて第3位に入賞、その後、全日本学生音楽コンクール西日本大会にて第2位に入賞し、この頃より各地で演奏活動を開始する。憧れの「悲愴」も「木枯らし」も小学生で弾くことができるようになっていた。
それでは、田尻洋一の血脈は?
これは、凄い。あの伝説の天才ピアニスト イディル・ビレットの唯一の弟子。
イディル・ビレットと言えば、誰もが知る20世紀の双璧を成す巨匠ピアニストのふたり、アルフレッド・コルトーとヴィルヘルム・ケンプが 彼女は自分の弟子であると言い張り、彼女を取り合って裁判沙汰になったという逸話の持ち主。ヴィルヘルム・ケンプは彼女が8歳でパリ音楽院に入学を許可されたころから可愛がり、互いの自宅を行き来しながら指導し、1953年彼女が11歳の時にモーツァルトの2台ピアノのための協奏曲を共演 した。また、コルトーは彼女に毎月個人レッスンを行っていた。 彼女は ルービンシュタインやギレリスからも称賛を受けていたと言われている。幅広いレパートリーを、超絶技巧と深い音楽性で弾きこなすことで知られている。そんな天才ピアニスト イディル・ビレットに田尻洋一がただ一人入門を許されたというニュースは話題を呼んだ。
田尻洋一が膨大なレパートリーを全て暗譜で演奏するのは、そんな彼女を見てきたから。「レッスンにいきなりどんな曲を持っていっても全て暗譜で指導する。とにかく全部が入っている。これこそがまさしくプロ。プロとはこういうものなのだと思い知った。」田尻洋一は若い頃から今までのピアニストとしての長い時間を振り返るように言った。「自分のやってきたことの大変さと真の価値を本当に心底理解してくれるのはビレだけだと思う。」田尻洋一は彼女を「先生」と呼ばず「ビレ」と呼ぶ。小柄な彼女は手も小さかった。彼女が苦労する曲を田尻が難なく弾くと、 自分より指の届く田尻に「ヨ―イチはずるい」と本気で悔しがった。彼女にとっては 唯一の弟子でさえ、ライバルなのであった。
ベートーヴェンの誕生日は明確には記録が残っていない。しかし1770年12月17日に洗礼を受けたとされているので、生まれた翌日に洗礼を受けるという当時の慣習から12月16日前後であろうという説が有力とされている。田尻洋一の誕生日は1962年12月。192年という長い時間がそこには流れている。しかし、もしかしたらベートーヴェンと同じ誕生日かもしれない、ということが田尻洋一に勇気を与えてきた。自分はベートーヴェンの生まれ変わりかもしれない、そう自分自身に言いきかせることで。
そして実際に田尻洋一の音楽の源流をたどると、ベートーヴェンに行きつくのだ。これぞまさしくドイツ正統派の本流。
田尻洋一の師はイディル・ビレット。イディル・ビレットの師はケンプ。ケンプの師はレシェティツキ。レシェティツキの師はチェルニー。そしてチェルニーの師はベートーヴェン。つまり、田尻洋一は ベートーヴェンの直弟子(チェルニー)の直弟子(レシェティツキ)の直弟子(ケンプ)の直弟子(イディル・ビレット)の唯一の直弟子だ。すなわち、田尻洋一はベートーヴェンの直系なのだ。
茶道の世界には「口伝」という言葉がある。入門から長い年月を経て、いよいよ一人の茶人として認められるようになる最後の総仕上げの段階で 師匠から弟子へ直接言葉や手本で伝えられる秘伝や秘訣のこと である。教本はなく、その内容を書き記して公にすることは禁じられている。直弟子でなければ接することのできない呼吸や仕草。姿勢や眼差し。居ずまいや佇まい。それは実践的な技術の伝承だけではなく、精神性や哲学の継承でもある。田尻洋一は、ピアノの世界で「正統派」という血脈を受け継ぎ、今も頑なに守り続けている数少ない日本人ピアニストの一人である。お金さえあれば何でも簡単に手に入れることのできる現代において、お金では買えないものもある。それは、時間と経験と正しい導きである。そこにこそクラシック音楽の精神が宿っている。田尻洋一はその精神を守り続けている。お金を度外視しても守らなければならないという強い使命感を持って。
田尻洋一のファンの一人が アメリカの小説家ヘンリー・ミラーの愛用してたシルクハットを所有しており、その方に促され田尻はやや照れながらその歴史的価値のあるヴィンテージをそっと頭にのせた。ヘンリー・ミラーは1891年生まれで、代表作は『北回帰線』。 ロシアの作曲家プロコフィエフ と同い年。因みにケンプは4年後の1895年にドイツで生まれた。田尻洋一が生まれた1962年、ケンプは67歳。イディル・ビレットは21歳。
「正統派」という言葉。始祖の教義 や 主張・学説 などを最も正しく忠実に継承していると称している 流派 。王道。サバティーニは正統派イタリアン。オール阪神・巨人は正統派漫才。夏目漱石は正統派純文学。北川景子は正統派美人。吉沢亮は国宝級正統派イケメン。わかったようなわからないような。
正統派ピアニストという言葉を聞いても、ピンとこない。しかし、個性派ピアニストという言葉を聞くと、何人かの顔がすぐ頭に浮かぶ。フリードリッヒ・グルダ。フジコ・ヘミング。ラン・ラン。最近大人気の日本人若手ピアニスト。
しかし、田尻洋一との会話の中に出てくる過去のピアニストたちの音源や映像に繰り返し触れていると、正統派という言葉のイメージがぼんやりと見えてくる。ケンプ。ルービンシュタイン。バックハウス。クララ・ハスキル。リヒテル。
楽譜に忠実である。楽譜に書いてあるものをそのまま演奏する。作曲者の音楽性を尊重した演奏。演奏家が自分の個性を上乗せしない。ニュートラルで清々しい。余計な狭雑物を徹底的に排除したかのような清澄さを有する。論理的に破綻をきたすような身勝手な解釈を排除することで、その正統性を培い存在させる。エコノミックな文禍に汚されていない。
「すべては楽譜に書いてある。ベートーヴェンやショパンたちが作った音楽を知る手がかりは彼らが残した楽譜の中にしかない。」田尻洋一は続ける。「譜読みというのは、彼らの楽譜を鍵盤の上に置き換えること。ピアニストのすべきことは彼らの楽譜をピアノで再現すること。」しかし、田尻洋一が楽譜を再現するという意味は、ただ単に楽譜の音をピアノの鍵盤でなぞるだけではない。田尻の考える正統派の真髄はさらにその奥にある。正統派が楽譜を再現するとは?楽譜に表示されている音楽用語の醸し出す音質、拍子感、一瞬一瞬のメロディーやハーモニーのバランス、そして一音一音の響きの美しさ。正統派の演奏のなかには、瞬間瞬間に途方もない緻密な計算がある。
田尻洋一の演奏には、演出はない。ピアノに向き合い、すべて暗譜で演奏する。顔の表情は変わらない。姿勢を崩したり、上半身を揺らしたり、前かがみになったり、背中を反らしたりもしない。ただ聴いていて心地よい。魂が癒される。譜面通りの正確なテンポとリズム。美しく際立つメロディー。計算されたハーモニー。完璧に練られた構成と展開。明瞭さ。誇張を排除した節度ある情熱。温かさ。優しさ。そして気品と風格。それが田尻洋一の演奏だ。
「前のめりせず、自然体で。」田尻洋一の笑顔には、その謙虚な姿勢が滲みでている。その佇まいは、正統派たる気品をまとっている。